2010年02月09日

早とちり

091217_1122~01.jpg

  ズボンのことをパンツと世間で言い始めたのは、いったい、いつの頃だったのかは覚えていませんが、最初に、「 パンツの裾上げ 」 という言葉を聞いたときは、一瞬、頭が真っ白になりました。

当時の私にとって、パンツは下着のパンツでしかなく、裾を上げるくらいなのだから、ズボン下とは違うのか?、いやそれならパンツとは言わないだろうとか、かなり混乱しました。

通信販売で買い物をしようと、コールセンターに電話をしたら、「 オナマエサマいただけますでしょうか? 」 と聞かれ、えっ? えっ? 物が欲しいのはこっちの方で、なんで私が何かあげなくてはいけないのかと、動揺してしまいました。

これまでで一番の早とちりは、以前経理の仕事をしていた頃にありました。
いつもの取引先の銀行から電話が来て、「 大当たりの連絡です 」 と言われました。 ちょうど夏だったので、社長が買ったサマージャンボ宝くじが当たったのかも…、と思い、元気よく社長に電話を渡したところ、みるみる顔色が青ざめていくのがわかりました。
私は、これはかなりの高額が当たったに違いないと確信し、あまり嬉しすぎても、人は青ざめるものなんだなあ、と思いながら、固唾を飲んで横で待機していました。
社長は電話を切ったあと、椅子に座りこんだまま、しばらく動きませんでした。
やがて一言、「 700万、やられたよ。 」 とつぶやいたのです。
私が受けた電話は、大当たりではなく、手形の 「 不渡り 」 の連絡だったのでした。

このように、私の人生は、早とちりばかりですが、今でも年に一度くらいは、思い出しても顔が赤くなるような早とちりがあります。

「 先生は天然だから… 」 と言われるたび、天然じゃないよ。早とちりなんだ、と、心でつぶやいています。
posted by 光凛 at 09:48| Comment(0) | 日記

2010年02月08日

思いもうける

091202_0252~01.jpg

  いつの頃からか何となく、日曜日は娘夫婦が夕食を作ってくれることが多くなりました。
平日は私が作って家に呼ぶことが多いので、お礼の意味もあるのかもしれません。

なぜか、ほとんどの場合、お婿さんが中心になって、娘は助手のような感じで作ってくれるのですが、昨日はお好み焼きでした。

岡山県出身の彼は、私たち母娘からすると、まるで異邦人のようなところがあり、私たちが半年に一度くらいしか食べなかった、たこ焼きやお好み焼きを、週に一度は食べたいみたいだし、何でもかんでもソースをかけて食べることに、最初は本当にびっくりしました。

しかし、私が毎日食べでも飽きない、野沢菜のお漬け物や 「 おやき 」 など、つまり長野県独特の食べ物はどうやら苦手のようで、同じ日本人なのに、こうも違うものかとある意味、感心してしまいます。

だから、彼の作る料理は、私からすると、未知なる食べ物のときがあり、すき焼きに大根が入っていたり ( これが意外に美味しかったのですが ) 玉ねぎが入っていないカレー ( これは二度と食べたくありません ) だったりと、これまでの人生で口にしたことがないものを食べる、勇気が必要になります。

しかしながら、人に作ってもらって食べるということは、美味しさや楽しさが二倍になるものです。
それは、何を作ってくれるんだろう、という思いと、どんな味なんだろうという思いがあるからです。
これを 「 思いもうける 」 と言います。
思いもうけて食べるから、何が出てくるかわからない、おまかせコースの料理は美味しいのてす。

もしあなたが、いつも誰かに作ってもらって食べていたとしたら、たまにはあなたがキッチンに立って何か作ってみませんか。
きっと、美味しいと言ってもらえるはずですし、もしあまり上手に作れなかったとしても、楽しんで食べてくれるはずです。

なぜなら、思いもうけて食べる機会を与えてもらっただけで、人は満足するからです。
posted by 光凛 at 07:21| Comment(0) | 日記

2010年02月07日

イクメン

091110_1220~010001.jpg

  先日、新聞に書いてあったのですが、育児や家事を積極的に手伝う男性を、「 イクメン 」 と呼ぶのだそうです。

年収1000万円の、非イクメンと、年収300万円のイクメンと比べたら、どちらと結婚したいかと女性にアンケートをとったところ、何と60パーセント以上の女性が、年収300万円のイクメンの方がいいと答えたそうです。

確かに周りをみても、結婚をしてもフルタイムで働いている女性が多く、早く帰宅した方が夕食を作ったり、掃除も洗濯も共同でこなしているのかもしれません。

娘のところは、旦那さんが娘より早く帰ってくることはないので、夕食は必ず娘が作るようなのですが、娘の帰宅が7時くらいなので、ついつい私が作って家に呼ぶことが多く、甘やかしているなと思います。

それでも、「 私は頑張って家事をやっている 」 というのが娘の口癖で、そんなこと言わなけりゃいいのに、と私はつい思ってしまいます。
しかし、私が若かった頃も、母に同じようなことを言っていたものです。

母の答えはいつも決まっていて、「 私がお嫁に来たときは、11人の大家族で、ご飯はかまどで炊いて、お弁当は毎朝五個作った。それでも近所には、水道がない家や、お風呂がない家もあって、それに比べたらまだ幸せだと思ってた。今はタイマーでご飯が炊けるし、洗濯は洗濯機がしてくれる。それで大変だなんて言ってたら罰があたる。」 と、こんな具合にいい返されるのでした。

便利な道具の存在を知らなかったら、何もかも自分の手を使ってやるしかないし、話を聞いてくれる相手がいなかったら文句も言わないのに、中途半端にあるから、欲望に切りがなくなるのだと思います。

夫が家事に協力的でないから怒るのではなく、たまに手伝ってもらうことに感謝しましょう。まったく協力的でないなら、外で愚痴るのでなく、話し合いをしてみましょう。
私は、イクメンとは、もともといるものではなく、作られるものだと思いますし、ほとんどのイクメンは、仕方なくやっているのではなく、そうすることによって妻が喜ぶから自分も楽しくやっているのではないかと思うのです。

また、今どきの男性は昔の男性と違って話を聞いてくれるので、ついつい不満をぶつけたくなるのです。
しかし不満と言うものは、口に出した途端に、相手への威圧的な注文に変わる、怖いものです。
ちょっとした不満のつぶやきが、大喧嘩にまで発展することが実際にあります。
だからこそ、感謝の気持ちを忘れないでいてください。

賢い女性は夫婦喧嘩はしません。そんな時間があったら仕事をしたいからです。
仕事ができる女性だから高収入を得て、それで気分がいいから喧嘩しないのではなく、 感謝の気持ちがある人しか仕事では成功しないのです。
その原則がわかっている人だから賢い人だと言えるのです。

その反対の人は、不平不満を言い続け、仕事にも恵まれず、そんな妻に夫もうんざりし、自分にそっくりな、文句ばかりいう子供の世話をやきながら一生が終わります。

こんな簡単なことがわからない女性は、とても賢いとはいえません。
posted by 光凛 at 12:58| Comment(0) | 日記

2010年02月06日

師匠

100117_135236_ed0001.jpg

  師匠と先生の違いはどこにあるんだろうかと、ふと考えてみました。

一般的に、師匠というのは、遊びや芸事の先生のことで、医師、代議士、教員などは先生になるようです。
私のイメージでは、師匠も先生も、その道のエキスパートには違いないけれど、どこにいようが、何をしていようが、なんとなく 「 ただ者 」 ではない雰囲気があるのが師匠で、先生と呼ばれる人は、 私生活では 「 ただの人 」 という気がします。

また、「 先生 」 は誰がそう呼んでもいいのに対して、「 師匠 」 は、師弟関係がなければ呼べないものです。
しかし最近は、この 「 師弟関係 」 を重視して、弟子や生徒にものを教える人が、とても少なくなりました。
これは、師匠と呼ばれる人が、昔に比べて孤独に弱い人が増えたことが原因のような気がしています。

親方、とか、師匠と呼ばれる人は、一流になればなるほど、絶対的な得意分野があるかわりに、知識に偏り( かたより ) があり、頑固で融通がきかなくて、ある意味、「 変わり者 」 が多いのです。「 イっちゃってる! 」 くらいのことを言われて一流かもしれません。
なぜなら、独自のスタイルを貫き、自分の信じた道を究めた人だからです。

だから、内弟子のような形で居候をしている人は別にして、芸事、あるいは習い事の時間は、本当の親子より親子らしい関係であったとしても、それ以外の時間では、それぞれの相手を尊重するという意味で、師弟あるいは先生と生徒は、あまり時間を共有しない方が良いのです。
自分のことなど誰一人知らない場所で謙虚に過ごす時間が、人に何かを教える人間には必要ですし、また、師匠と呼ばれる人は、良くも悪くも個性が強いので、プライベートまで関わってくると、見せたくない弱点や、知りたくなかった欠点も見せ合うことになり、良好な関係は長くは続かないものになります。

一緒にいるだけで、才能のぶつかり合いを感じるような弟子や生徒は、気が合わないなどと思わず、育ててみたら大物になるし、師匠 ( 先生 ) とは気が合う、なんて思わせた時点で、残念ながら、その生徒の才能は終わりなのです。

仲良しクラブから本物は育ちません。
だから、師匠は弟子に嫌われることなんか恐れず、もっともっと怒ればいいし、弟子はその先にある師匠の愛情を感じいけばいいのです。それがわからないような弟子は去ればよいし、理解してくれる弟子でなら、どんなに怒ってもいなくはなりません。

映画の主演女優が監督を好きになってしまうことが多いのは、怒られ、怒鳴られながらも一本の作品を完成させたとき、そこに 「 同士 」 の意識が芽生えるからのようです。

同士というのは、お互い孤独を感じているから共鳴できることで、大勢とワイワイガヤガヤしていたらそこまでの深い絆は感じられないものです。

孤独に強い者が、同じく孤独に強い弟子に、本物の何かを教えていくことが、本当の 「 師弟愛 」 かもしれません。
posted by 光凛 at 13:08| Comment(0) | 日記

2010年02月05日

大人のポテトサラダ

2010011917440000001.jpg

  たまには珍しいことをしてみようと思い、少し前にカレーの作り方をこのブログに書いたのですが、早速作ってみたというメールをいただきました。中には、私のレシピで作ったカレーの写真を付けて送って下さった方もいて ( この写真です ) 責任重大なのだとも思いました。

今日は、シンプルなポテトサラダの作り方のコツを紹介します。
誰でも知っている簡単なおかずですが、茹でるものやきざむものが多く、結構時間がかかります。どうせ時間をかけるのだから、さらにちょっと手を加えるだけで一味アップのポテトサラダになりますので、もし良かったらお試し下さい。、

使う材料は、ジャガイモ、 人参 、ゆで卵、きゅうり、パセリ、みじん切りにした玉ねぎ ( 水にさらしたもの ) ハム、マカロニ、バター 、マヨネーズ、塩、ブラックペッパー

作り方は皆さんご存知だと思うので、ポイントだけ書いてみます。

★ ジャガイモは、完全に水分を飛ばす。
( 茹でて火が通ったら残っているお湯を捨てて、カラカラの状態になるまで水分を取ると。ホクホクした仕上がりになります。 )

★ パセリは必ず入れる
( これでもか、というくらい大量に入れて大丈夫です。茎は除き、葉の部分だけみじん切りにして入れてください。 味がぐっと良くなります )

★ 茹で上がったマカロニは、ざっとバターで混ぜる。
( マカロニどうしがくっつくのを防ぎ、バターのこくが出ます。 )

★ ロースハムではなく、ソフトサラミを使ってみる。
( ソフトサラミは、ニンニクの風味があるので味が引き立ちます。 )

★ 切ったキュウリは、軽く塩でもみ、しぼってから入れる。
( 味がなく水分が出やすいキュウリですが、こうすることによって味がつき、水分も出にくくなります。 )

★ 玉ねぎのみじん切りは、最後に入れる。
( 最後に入れることにより、風味がよく出ます。また家族に玉ねぎが苦手な人がいたら、ここで取り分けてしまいましょう。 )


以上、簡単な工夫で、子供の好物だと思われがちなポテトサラダが、ビールにも合う、大人のポテトサラダになります。
posted by 光凛 at 10:24| Comment(2) | 日記

2010年02月04日

恋愛運アップのパワーストーン

080827_2243~010001.jpg

  昨日、このブログでパワーストーンのことを書いたところ、もっと詳しくという問い合わせを何件かいただいたので、今日は恋愛のためのパワーストーンについて書いてみます。

一般的に、恋愛運アップといわれて売られているブレスレットは、じつはあまり効果はありません。 場合によっては、持たない方が良い場合もあります。
なぜなら、恋愛がうまくいかない理由は、それぞれの性格によるからです。

女性の場合を例にとると、内気で引っ込み思案のために、合コンや私生活でも、まったく目立たないのであれば、サンストーン、ガーネットを組み合わせ、前に出て行く自信と勇気を補います。

さばさばしている性格のため、男友達ばかり多く、恋人まで発展しにくいのであれば、アメシストやルビーを組み合わせ、官能的でより女性らしさを出していけるようにします。

また、頑固で融通がきかなくて、好みのタイプの範囲が狭く、それが原因で婚期が遅れ気味なのであれば、チャロアイトやラリマーを組み合わせ、固い考えの頭の中に風を入れつつ、大勢の人と関われるようにします。

これらはごく一部の例ですが、恋愛に限らず、何か物事がうまくいかない理由は人それぞれで、100人いれば、100種類のブレスレットになるのが当然なのです。

上に書いたような、メインになる石に加え、その方のさらなる弱点を補うために、迷いを取る石、悪縁を切る石、邪気除けの石などを組みあわせて一本の恋愛用ブレスレットが仕上がります。
これは、仕事運のブレスレットなどでも、同じような考え方で作っていきます。

石は数十種類の中から選びますが、男女で多少使う石が変わります。
たとえば、改善すべき性格に加えて、今現在「 うつ気味 」 なのであれば、同じように気持ちを楽にしていく効果のある石でも、男性用なら茶色の石、スモーキークォーツ、女性なら、ピンクの石、クンツァイトというように、多少色は考慮します。

パワーストーンは、男女問わず、興味がある方がとても多いようなので、帰りには自分で作ったオリジナルのブレスレットをお土産に持ち帰れるような講習会を、春には開きたいと考えております。
posted by 光凛 at 10:42| Comment(0) | 日記

2010年02月03日

パワーストーンブレスレット

091229_1717~01.jpg091222_2127~01.jpg091213_1503~01.jpg

  最初にパワーストーンに出会ったのは、7年前でした。

それまでの私は、こういう仕事をしていながら、パワーと名がつくものにはあまり興味がなく、努力もしないでお得なものにだけすがりたいみたいな気がして…、特にみんなが大好きな、「 パワースポット 」 と言われる場所に、わざわざ時間とお金をかけて遠い所まで出かけて行くより、朝早く起きて地元の氏神様にお参りする方が、ずっとパワーチャージになると思っていました。
だからといってパワースポットが嫌いというのではなく、自分の家の氏神様である神社の名前も場所も知らないで、パワースポットにだけ行きたがることに疑問を感じていたからです。

話がそれてしまいましたが、その当時お世話になっていた先生に勧められて、一本のルチルクォーツのブレスレットを買いました。
私はその当時はまだ完全に独立はしていなくて、その先生からたまにイベントなどの仕事をいただいていたので、断りきれなかったという方が正しいかもしれません。

ところがつけてしばらくした頃、まったく疲れない自分に驚きました。それ以来仕事もどんどん増えて今に至るのですが、ルチルクォーツが金運の石と言われるのは、疲れ知らずでいくらでも仕事ができるので、結果的に収入アップにつながるということなのだと思います。

そのことがきっかけで石に興味を持ち始め、のめり込むような感じで、先生について学びました。
石の名前も、ろくに知らなかった私ですが、数年の間、せっそと訪ね、いろいろなことを教わりました。
まず初級の勉強から初めて、講師の資格までいただいたのですが、石の知識だけはある業者、あるいは気入れだけできる霊能者が多いなかで、自分で石を仕入れ、製作も気入れもしているのは全国でも数少ないひとりではないかと自負しています。なぜなら一般的な石の業者は気入れをすることができず、霊能者は今さらゼロから石の勉強などしないからです。

石には記憶があり、どこで掘られ誰に触られたまで覚えていると言われています。 また、気入れができるくらいなのだから、念もこもりやすいのです。
だから本当にきちんとしたパワーストーンを買いたかったら、誰でも自由に手に取ってさわれるお店で買ってはだめです。また、通信販売も、良心的なお店の見極めが難しく、写真は最高クラスの石で、届けるのは格下のクラスの物であったり、返品になった石 ( 誰がつけたかわからない石 ) を再使用する業者もなかにはあるようなので、もし心配であれば、避けた方がよいでしょう。

ほとんどパワーを感じられないブレスレットや、その人の良さをなくしてしまうような石を使っているブレスレットをつけている方が最近あまりにも多く、つい今日は書いてしまいました。

自分にもっとも効果があるパワーストーンは、カウンセリングなしではわからないものです。
カウンセリングには二通りあり、生年月日で色を導いて色から石を選んだり、星座で選ぶ方法と、その人の性格や思考習慣から必要な石を選ぶ方法があります。
私は主に後者の方法で作るので、一時間程度のカウンセリングが不可欠です。

アクセサリーで持つなら気にする必要はありませんが、パワーが欲しくてつけたいなら、どうか一度ご相談下さい。
お電話でも可能です。

そしてそれが、あなたが最後にたどりついた一本になれば、こんなにうれしいことはありません。
posted by 光凛 at 11:51| Comment(1) | 日記

2010年02月02日

雪どけ

100202_1303~02.jpg

  昨夜は東京でも雪が積もりました。
思わず、ベランダに積もった雪を握ってみたのですが、久しぶりの感触に子供のように喜びながらも、みんなの朝の通勤が気になりました。

明け方には雨に変わり、朝からの日の光にどんどんとけています。
もう、「 春の雪 」 だなって思います。

ずっと長い間わだかまりがあって、うちとけなかった相手と和解することを、「 雪どけ 」 にたとえることがあります。

固くしまった雪のようだった人の心も、とける日は必ず来るものです。
しかし、雪が気温の上昇という環境下でとけていくように、人の気持ちを解かすにも何かしらの変化が必要になるものです。
それは、多くの場合、避けていた相手からの、歩み寄りだったり、親子の隔絶だったのであれば、孫の顔という 場合もあります。
しかし、命に関わるような経験すると、「 意地 」 の優先順位がかなり低くなってしまうので、つまらない意地を張ることはやめ、残りの人生を愛や笑顔にあふれるものにしたくなるものです。

結局のところ、意地というものはずっとは張れないものだから、最初から張らないか、相手の謝罪の前に許す方がいいのです。( もっともほとんどの場合、許すも許さないもお互い様みたいなことばかりなのですが。 ) 

一生、意地を張り通して生きたいなら、それは自由です。
しかしそれには、寂しく冷たく、暗い環境の中で生きていく覚悟が必要になります。またそこには、雪がとけるイメージはありません。
posted by 光凛 at 13:07| Comment(0) | 日記

2010年02月01日

感謝します

100117_1444~01.jpg

  先日、このホームページを作ってくださった方と打ち合わせをしたのですが、おかげ様で訪問者数も順調に増え続け、驚いたことに、国別の分布図をみたら、アメリカ、カナダ、オランダ、オーストラリアにお住まいの方も、いつも来てくださっていることがわかり、本当にありがたいことだなと思いました。
みなさん、忙しい中で、私のブログを読んで下って本当にありがとうございます。

一昨年の秋から始めたブログは、一年4ヶ月過ぎて、やっと365回目を迎えることができました。
これからもこのブログを通して、遠くに住んでいる方、近くてもきなかなか会えない方とも、心の交流ができたらいいなと思います。
また、何かに迷ったり、答えを探して悩んでいるときなど、このブログの中のどれかの文章にヒントがあったなら、本当に嬉しく思います。

今日から2月、そして間もなく節分です。1月を何となくだらだら過ごしてしまった人は、どうかこの節分明けを新年と考えてリセットしてください。

私も2年目に入ったブログ、これからも楽しく書いていきたいと思います。
posted by 光凛 at 13:30| Comment(0) | 日記

2010年01月31日

学校給食

100126_2057210001.jpg

  給食費を払わない家庭があると聞いて、「 えっ? 」 と、思ったのは何年か前なのですが、ますます増加する傾向に、どこの自治体も頭を痛めていて、いっそ児童手当から未納の給食費を引いてしまおうかうという案も出て来ているのだそうです。

給食費というものは、全員から費用を徴収できることを前提に予算が組まれて献立が決まるので、未納分が多ければ、献立の内容も質素になり、税金も給食費も ( 払えるのに ) まともに払っていない家庭に、児童手当を満額支払うのはいかがなものかという声が出てくるのも仕方のない話しなのかもしれません。

学校給食がなかった時代は、お弁当を持ってこれない貧しい家庭の子は、お昼の時間になると校庭に出て時間をつぶしていたそうです。

終戦からまもなくして、学校給食が始まったとき、いろいろな意味で、子を持つ親は胸をなで下ろしたのではないかと思うのです。
わずかなお金で、貧富の差なく、栄養のバランスを考えた給食を食べさせてもらえ、お弁当を作る労力からも解放されたというわけです。

私、思うのです、小学校の給食費が払えない家庭は、いろんな意味で、かなり危機的ではないかと。

中学生になれば給食費はもっと高くなり、高校になればお弁当です。
つまり、一番安いはずの小学校の給食費が払えない家庭は、これから子供が成長したらどういうことになってしまうのでしょうか。
また、食材を一括で購入してプロが作るのだから、学校給食はかなり割安です。それはきちんと食事を作っている人なら明確にわかることです。毎日お弁当を持たせたり、家で食べさせていたら、とても給食費の金額では収まらないのです。
そんなことを考えてみれば、給食費を滞納する子供の母親は、家庭で食事を作らない人たちのような気がしますし、家計全体の支出の中で、子供に食べさせる費用の優先順位が低い人たちなのかもしれません。

子供の数千円の給食費くらい、本当に頼まれたら、親戚でも友人でも貸してもらえますし、また本当にそれくらい貧困であれば周りからもわかるので、生活保護を受けたり、何かと助けてもらえるはずなのです。
おそらく、まさか給食費を払えない家だなんて、世間の誰にも気ずかれない程度の暮らしを、親はしているのでしょう。

動物でも鳥でさえも、親は自分が食べなくても子供にだけはエサを食べさせるものだから、子供の給食費を払えないということは、当然親自身もお昼を食べる余裕がなくてあたりまえということになります。
給食費というのは、金額ではなく、子供に対する愛情です。お金の貸し借りはよくないことですが、こと子供の給食費であれば、何カ所も駆けずり回って借りてでも払わなくてはと思うのが、本当の親の姿だと思うのです。
残念ながら、自分は外でランチをして、酒代やたばこ代、ギャンブルに行くお金はあるのに、子供の給食費は払おうとしない親がいることは事実のようです。

今、学校給食の存亡が危ぶまれでいます。
今現在給食費を払っていない家庭の児童がとっくに卒業したあとで、学校給食の制度はなくなるのかもしれません。
破綻した会社もそうですが、しわ寄せが来るとき、いつもそこには原因となった人々の姿はないものです。
posted by 光凛 at 12:06| Comment(2) | 日記
光凛の鑑定・コーチングのご予約はこちらから