2009年07月03日

エコな生活

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私の寝室は、屋根裏部屋、いわゆるロフトにあります。

冬の間はポカポカ温かくてとてもいい感じなのですが、夏場は暑くて暑くて、寝室に上がる階段を一段づつ上がるたびに、0.5度づつ室温が上がっていくような気がします。

今夜は涼しいのですが、夏の夜はエアコンを一晩中つけて寝ているので、それって全然エコではないなぁと感じていました。

数日前の夜、思い切ってロフトで寝るのをやめて、下のリビングで寝てみたのですが、エアコンなしでも、天窓からも、北側の窓からも涼しい風が入って来て、思った以上に気持ちが良く、今までリビングに移動しなかったことを後悔しました。

ところが翌朝は、早朝に目が覚めてしまったのです。
天窓から差し込む光がまぶしくて起きてしまいました。ブラインドを下げてみたのですが、今度は風が入りません。仕方がないので天窓は閉めてしまいました。
そんなことをしているうちに、開け放した北側の窓の外が急に賑やかになってきました。我が家の北側のお宅には、四歳の双子の男の子がいます。六時前だというのに、やけに賑やかです。仕方がないので、北側の窓も閉めに行きました。

結局、リビングで寝ることをあきらめ、次の日は普段は使っていない、キッチンの隣りの部屋に寝ることにしました。

天窓から離れているからまぶしくはないし、念のため、北側の窓は開けませんでした。これならOKと思って寝てみたのですが、今度は新しい問題が発生しました。

キッチンにある、古い冷蔵庫のモーターが、ブンブンうなっているのです。しかも今の時期は、製氷器で絶えず氷を作っているので、時折、ガラガラという氷が落ちる音がします。また、この部屋にはウォータークーラーが置いてあるのですが、近くにいると、これの音もかなり気になります。
結局、冷蔵庫とウォータークーラーに挟まれて寝てみたのですが、夜中にウォータークーラーのコンセントを引き抜いて、やっと安眠できました。

東京でエコな夏の夜を送るには、枕を抱えて家中をウロウロしなければならないようです。
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2009年07月02日

ふふん 」と笑うとき

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電車に乗っているようなとき、嬉しいこと、幸せに感じることが頭に浮かんで、思わず 「 ふふん 」 としてしまうときがあります。

そんなとき思い浮かべているのは、ほとんどの場合、大したことではないのですが、どんなにささやかなことにしても、嬉しいこと、幸せに思うことは、何度も何度も思い浮かべていたほうが、顔も自然に笑顔になります。
反対に、嫌なこと、不幸に思うことだけを繰り返し思い浮かべている人の顔は、眉間にしわがより、怒っているような顔になります。

住んでいる国でも違わない限りは、右を向いても左を見ても、目に入る人の暮らしぶりに、天と地ほどの大差はありません。幸せと不幸の割合だってそうです。それなのに、顔の表情が天と地ほど変わってしまうのは、それぞれの思考習慣の違いにあります。

どんな顔して生きていようが、そんなこと、余計なお世話だと思う人もいるかもしれませんね。
ただ、これだけは言えます。

担任
担当医
面接官
婚約者の親
入院した病室の隣のベッドの人
などなど。

初対面でこれらの立場の人を見るにつけ、あなたは温厚そうな笑顔を見てほっと安心し、不機嫌で気むずかしそうな顔を見て、 「 ハズレタ! 」と思うことには、間違いないのです。

どうかあなたも、あなたの顔を初めて見た人から、 「 ハズレタ 」なんて思われないようにしてくださいね。
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2009年07月01日

オレンジマーマレード

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私はオレンジマーマレードが大好きです。

これまで、いろいろなお店や国のマーマレードを食べてみたのですが、甘すぎるとか、舌触りが、とか、何かが良ければ何かが良くないという感じで、「これは! 」 というマーマレードに出会うことはありませんでした。

先日、地元の友人が、よく知っている地元のお店のジャムの詰め合わせを持って来てくれました。いくつかはすでに食べたことのあるジャムだったので、その中から、特に期待もしないで、オレンジマーマレードの瓶を取り出してトーストに塗ってみたのです。

瓶のフタを開けたときから、風味が他のものとまったく違い、色も透明度がなくスプーンに乗せた感じも、何だかサラッとしていました。
一口、口に入れてから私は、ほぉっとため息が出ました。
何と、私が長い間探し求めていた、オレンジマーマレードの味だったのです。
それは、軽井沢の 「 沢屋 」 の、国産のネーブルオレンジで作ったマーマレードでした。

これまで私は、オレンジは南国のものだからからと決め付け、外国産のものが一番美味しいはずだと思い込んでいたのです。沢屋は、地元のお店なので、これまでもベリーや桑の実など、軽井沢ならではの果実のジャムは食べていましたが、国産オレンジがこんなに美味しいマーマレードになって売られていたとはちっとも知りませんでした。

もうこれで美味しいマーマレードを探す必要がなくなったのですが、よく考えてみたら、不幸なことかもしれません。
こんなに美味しいのを知ってしまったから、もう他のマーマレードが食べられなくなってしまうのだから、いっそのこと、知らなかったほうが良かったかもしれないと思いました。

いただいたマーマレードは確実に減りつつあります。終わってしまうのが心配です。

もっと心配なのは、2本目、3本目と買い求め、毎日食べて太ってしまうことです。何せマーマレードは、かなりのカロリーです。でも軽井沢は遠いので、そんなに頻繁には買いに行けないので安心です。

ところが、幸か不幸か、インターネット通販でも買えることがわかりました。このことも 「 知らなければ良かった 」と思う私です。
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2009年06月30日

来て良し、帰ってまた良し

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吉田拓郎の歌に 「 祭りのあと 」 という曲があります。

お祭ではなくても、何かとても楽しみにしていたことが終わってしまい、「 ああ、本当に終わってしまったな。寂しいな。 」 なんて、少しもの悲しい気持ちになる経験は、昔何度となく味わいました。

若い頃は、遊びにしても旅行にしても、とにかくそのことだけを考えて、心から楽しむことができるから、その分終わったときの寂しさも多く感じるものなのでしょう。
ところがだんだん年を重ねて来ると、遊びに伴う費用や休み、あるいは責任なんていう、ややこしい問題が加わってしまうので、若い頃ほどには、手放しで楽しむということができなくなってしまいます。

私の子供は、両親にとっては初孫でした。初孫だけに、珍しさも加わって、たまに子供と実家に帰ると大喜びをして、帰るときには今度はいつ来れるのかと、孫に会えることをとても楽しみにしていました。

ところがある日、母がそっとつぶやいたのです。

「 孫というものは、来て良し、帰ってまた良しなんだよねぇ。」

つまり、孫が来るまではとても楽しみだし、いる間は本当に嬉しいのだけれど、怪我をさせないように気も使うし、食事の献立なども、普段の老人二人のときとは違います。また、活発に動き回るので、一緒にいるだけで、疲れてしまうのです。だから孫が帰ってしまうと、火が消えたように寂しくなってしまうのだけれど、またいつもの落ち着いた生活が始められるという意味では、やれやれと、安堵することは事実で、ある意味、帰っても良し、という気分になるものなのでしょう。

なるほど、うまいことを言うな…と思ったのですが、自分が当時の親に近い年齢になった今、その気持ちが痛いほどよくわかるようになりました。

私には孫はいませんが、心待ちにしていた旅行などでも、若い頃なら、「 まだ帰りたくない。ずっとここにいたい。」 なんて毎度、毎度思ったのものですが、最近は、家に帰って落ち着くのも悪くないなぁ、なんて考えることが多くなりました。
何はなくとも、自分なりの居心地のよい空間で、自分なりのペースで暮らす快適さが、旅やイベントの 「 刺激 」に勝るような年齢になったということなのでしょう。
つまり、「 行って良し、帰ってまた良し 」 みたいな感覚です。

自分の家、自分の居場所に戻って落ち着けるということは、なかなか気分がいいものです。
「 地に足を着けて暮らす 」 というのは、こういう感覚をいうのではないかと思います。
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2009年06月29日

ソウルメイト

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「 ソウルメイト 」という言葉がありますが、私はこの 「 ソウルメイト 」 という言葉はあまり好きではありません。

「 私はまだソウルメイトに出会っていない気がするのです 」 などと言っている方には申し訳ないのですが、「 何か、勘違いをしていませんか? 」 と言いたくなってしまうのです。
ソウルメイトには、きっといつか出会えるだろうなどと考えて、何にもしないでその日を待つより、今、目の前にいる友人を大切にしたり、礼をつくすことのほうがずっと大切だと思うからです。

また、ソウルメイトという言葉に縛られて、ぎこちなく暮らしている人も少なからずいます。
Tさんは、霊のことや神様のことは私の何倍も信心深い女性です。
交際している男性に霊感があるとかで、その彼が自分とTさんはソウルメイトだと言ったのだそうです。
私はそれを聞いて 「 あぶない、 あぶない 」 と思いました。

世の中には、スピリチュアルが大好きな女性がいます。自分には感じられないことを感じることができる人を一番尊敬してしまうタイプの人といっていいでしょう。だから、そういう方は、誠実で優しい男性より、とにかく霊感のある( ほとんどの場合は自称 ) 男性に弱いのです。また、「 お前、本当にいい奴だな 」なんて言われるより、 「 僕にはわかる。君とはソウルメイトに違いないよ 」 という言葉に大感激してしまうのです。

ソウルメイトには、ただ漠然と生きているだけで巡り逢うことはありません。
苦しんだり悩んだり、人間としても広い心と大きな器ができたときに、逢えるものです。またそれは、すぐにそれだと気がつくものでもなく、10年、20年付き合ってから、もしかしたらこの人とは、ソウルメイトなのかも…、と思えるような人が本当です。
何年か付き合った上で、わかり合えるようになって、深い結び付きを感じることができたなら、それでその方がソウルメイトでいいのではないでしょうか。

あるいは、過去に深く交わった人の中でもソウルメイトだと思えるような人が思い浮かぶ場合があってもいいでしょう。ソウルメイトと過去も未来も関わり続ける決まりはないからです。

大切なことは、ソウルメイトは人に決めてもらうのではないということです。
深い信頼関係を育てていくことや、相手からソウルメイトだと感じてもらえるような自分になることの方が、もっと大切なのです。
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2009年06月28日

風知草 ( ふうちそう )

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風知草が昔から大好きです。

花もつけないし、一見したらその名の通り、ただの草のようにも見えますが、初夏から晩夏にかけて、少しの風にもそよそよと柔らかな葉がそよぐ姿がとても美しく、毎年、夏の室内には欠かさず鉢を置いて楽しんでいます。

この植物には珍しい特徴があって、普通、植物の葉は、表がつるつるして、裏がザラザラとしていますが、この風知草に限ってはその反対で、葉の裏側にみずみずしくて光沢のある部分を持っているのです。
その奥ゆかしい様子も好きな理由のひとつなのかもしれません。

また、耐寒性のある宿根草なので、冬に枯れた葉を刈り取っておくと、また翌春には新芽が出て来ます。

強い風が吹いても、ポキンと折れることなく受け流し、また、ごく弱い風にも反応する繊細さがあります。さらに肥料や土もとくに神経質になる必要がない植物です。


私は、風知草とは反対で、いい所を表に見せたいし、冬の寒さは大の苦手です。また、逆風には大騒ぎをするくせに、順風には気がつかない鈍感者です。栄養は必要以上に摂り過ぎて、もっといい部屋に住みたいたいなんて年中口にしています。
風知草のような女性になりたいけれどなれない自分がいます。

だから鉢を部屋に飾り、お手本のように毎日眺めているのかもしれません。
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2009年06月27日

マイケル・ジャクソン

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マイケル・ジャクソンが亡くなったことを、昨日の夜になって知りました。

ほとんどテレビをみない生活をしているのに加え、昨日に限って何だかせわしくて、夕刊も読んでいませんでした。

夕食に来た友人に聞いて、私はびっくりしてしまったのですが、友人はこんな大ニュースを、夜になるまで知らなかった私にびっくりしていました。

ジャクソンファイブ時代の彼は、まだほんの子供で、高音のキーでアップテンポの曲を元気良く歌っていた記憶があります。

高音のキーはそのままで、いつの間にか黒い肌は白く、丸かった鼻はとんがり、縮れた髪の毛はまっすぐになっていて、それからしばらくすると今度は体まで白くなり、異様に痩せ…この人にはいったい何が起きているのだろうかと思っていました。

今、私は思うのです。
彼は過剰なまでのファンサービス精神があり、そのやり方があまりにも過激すぎて、つまり加減というものがわからなくて、まわりの人々に誤解を受けることが多かったのではないかと。
だから、生まれたばかりの自分の子供を、マスコミに見せたいばかりに窓から吊るして非難のまとになってしまったりしたのではないでしょうか。

また、彼は、黒い肌を白くしようとしたことでもわかるように、できないこと、苦手なことに挑戦することに異常なまでの意欲があったことは確かなようです。

遊園地や小さい男の子が本当に好きだったのか。チンパンジーが好きだったのか、もしかしたら、苦手だったから、そんな自分に我慢ができなくて、敢えて演じていたのかもしれません。

来月からのロンドン公演を前にした会見で、「 本当にこれが最後の公演になるからね。」 を何度も何度も言っていましたが、もしかしたら、歌うことだって本当に好きだったのか今となっては誰にもわかりません。

もちろんこれは仮想ですが、仮想してしまえるくらい、彼の人生は謎にみちみちていました。

突然の死亡は、彼の最後で最大のファンサービスだったのかもしれません。この驚きは、肌が白くなったことの何倍もファンを驚かせ、悲しませ、世界中にそのニュースが飛び交いました。


もし彼が、歌手になっていなかったら…。
どこかの街で、気のいい奥さんと三人の子供がいる、でっぷり太ったおじさんにになって平和に暮らしていたのかもしれません。

ただ、あまりにも才能に恵まれたため、その生き方は彼には許されなかったようです。

心から、御冥福を祈ります。
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2009年06月26日

お国なまり

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たまに、飛行機に乗って遠くからわざわざ来て下さるお客様がいらっしゃいます。

地方出身でも東京在住の方と違い、その方たちは、今朝の今朝までお国言葉で話していた方です。 最初のうちは、一生懸命、標準語で話して下さるのですが、話しながら感情が込み上げてくるとみなさんお国言葉になります。

そんなとき、「 ああ、良かった 」 と思います。慣れない標準語を話すために気を使っているうちは本音が出ないからです。

福岡の方は涙ぐみながら、「 もう私、やってられなか! どうしたらよかやろな」と言い、青森の方なら 「 どしたらいだべか 」になり、大阪の方なら 「 どうしたらええでっしゃろか 」 という具合です。

また、話しの途中で、私が質問したことを調べるために、田舎の親や友達と話すとき、みんなお国言葉に戻るのも、聞いていて心が温まります。

宮沢賢治に 「 雨ニモマケズ 」という有名な詩があります。私はその詩が大好きですが、あの詩だけは標準語で読んではだめです。
賢治と同じ東北出身の女優、長岡輝子さんのお国言葉でする朗読のCDを、機会があったらぜひ聞いて見て下さい。心が洗われる気がします。

「 雨ニモマケズ 」を、まだ読んだことのない方のために、読みやすく原文のカタカナをひらがなになおしたものを下記に書いてみましたので、よかったらあなたの国の言葉で読んで見て下さい。

「 雨にも負けず 」 宮沢賢治

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体をもち

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに笑ってる

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さなかやぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

ほめられもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい
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2009年06月25日

良い技術者とは…

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いつもヘッドスパに行く美容院で、髪をブローする間の時間を使って、手のマッサージのサービスをしてくださるというので、やっていただいたのですが、なかなか気持ちの良いものでした。

天性のものだと思われるのですが、マッサージをしてくださった女性の手のひらは、肌にピタッと吸い付く感じがするくらい、柔らかくてすべすべしています。
驚いたことに、マッサージをしてもらった腕は白くすべすべになりました。今の季節、半袖ばかり着ているのだから、せめて腕くらいいつもピカピカもいいかな、なんて思いました。

ところで、マッサージをしてくれた方が、私の肘下あたりの筋を触りながら、 「 こっていますが、何か重い物でも運びましたか? それか長時間パソコンしますか?。指をよく使っている人もこんな感じになりますけど 」 と聞いてきました。

しばらく考えてみたのですが、どちらも思いあたりません。でもしばらくしてハタと思いつきました。

「もしかしたら、PSP( プレイステーションポータブル ) のせいかも… 」と言ってから、思わず首をすくめてしまいました。言ってしまってから、なんてバカなことを言ってしまったのだろうと悔やみました。

ところが後ろに立って仕上げのブローをしていた若い男性の美容師さんが、「 へえ〜、いつも何のゲームをしているんですか? 」 と聞いて来たのです。
私は、「 今はマージャンゲームです。」 と、消えてしまいそうな声で答えました。
「 はまりますよね!」 なんて言ってくれたので、私も調子に乗ってしまい、 「 そうなんです。囲碁や将棋は、絶対アマはプロには勝てませんが、マージャンだけは、違うんです。 配られる牌がかなり影響します。 」 だとか、 「 ロン!っていう言葉の響きが好きなんです。自分で言うときはすごく気分がいいのに、他の人に言われるとガックリします。同じ言葉が、使う人によってこんなにも違う意味になる言葉なんて、ちょっと他にはないと思うんです。 」 なんて、気がついたらペラペラと喋ってしまいました。

聞き上手のその彼は、笑いながら、「 マージャンが好きな方は、すべて自分で納得してから前に進む方なんでしょうね。だから、何か失敗しても人のせいにはしない。人に頼られることはあっても、頼ることはしない方だと思いますよ。」 なんて、ナイスフォローをしてくれました。

四国出身のこの彼は28歳。以前から、雑誌を交換するタイミング、話しかけるタイミングなどが、絶妙な人だと思っていました。また、ひとつひとつの動作に気持ちがこもっているのが伝わり、将来有望な美容師さんだと感じでいましたが、すべては彼の持っている洞察力から来る気配りなのだとわかりました。
いつも私の髪のカットをしてくださる、美容家の土屋雅之さんもまったく同じタイプです。

「 良い技術者となるには、まず良い人柄でなければならない 」 という言葉が、私の頭をかすめました。
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2009年06月24日

オーボナクイユ ( おもてなし )

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近所にある、フレンチレストラン 「 オーボナクイユ 」は、私のお気に入りのお店です。

私は、頼まれてもいないのに、勝手にポン引きになった気分でいるので、もう何人の人をこのお店に誘ったかわからないくらいです。

誰でも一度行くと、必ず気に入るお店なので、小さなお店はいつもお客様でいっぱいです。

料金はお手頃なのに味は絶品で、シェフの腕にかかると、旬のニラも鮮やかな色のソースになり、ちょこっと添えられたミョウガも全く違和感なく、メインのお皿にマッチしてしまいます。

オーナーシェフの田中さんはまだ30代の半ば。
高校生のとき、「 料理の鉄人 」をみて、この道に進むことを決意したのだとか…。
フランスでの修行時代は、一軒一軒、レストランのドアを叩き、自分を使ってくれないか交渉をしたのだそうです。
そのかいあって、一昨年の11月に駒沢に自分のお店をオープンしたのですが、それは偶然にも、私が駒沢に引っ越しをした時期と同じでした。そのせいかこのお店には最初から何かの縁を感じていました。

私は普段からこのお店の前を通ることが多いのですが、深夜でも厨房には明かりが灯り、何かしらしている様子が見えますし、ランチも営業しているので、朝から忙しそうです。

いったい彼はいつ寝ているのかと心配になりますが、絶対に手抜きをしたくない意気込みが、彼の作る一皿、一皿から伝わってきます。

また、マネージャー兼パティシエールの山内さんの作るお菓子も絶品で、彼女の作る生チョコやマカロンがなかったら、もう少し私も痩せられるのではないかと思うくらいです。

写真は、昨夜、注文した、「 フランス産ホロホロ鳥のロティ 」です。

私はこのお店の帰り、いつもパワーチャージをしてもらったようで、幸せな気分になります。

作り手の魂を感じられるお料理を出してくれるお店は、最近はとても少なくなりました。
美味しい物を食べてパワーチャージをしたいとき、最近、本当に美味しいものを食べていないな、と感じるときに、ぜひお薦めしたいお店です。
posted by 光凛 at 01:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
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