2010年07月27日

心豊かに

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連日連夜のあまりの暑さで、このところずっとエアコンをつけたまま寝ていたのですが、一昨日は少し風があったので、窓を開けて寝てみようと思いました。結局はすぐに汗だくになって、エアコンのお世話になったのですが、窓を開けた時にきれいな月を見ることができました。

とくに、海外旅行に行く計画をたてるとき、満月を眺められる時期に出かけたら、とてもお得だと思います。
旅先で買った物や食べた物は忘れてしまっても、異国情緒あふれる中でのお月見の記憶は、忘れるどころか、月日を重ねても鮮明に残っているものだからです。
満月なんて、どこで眺めても一緒だ、なんて思う人もいるでしょうが、周りの景色や季節によって、受ける印象は大いに違います。

私はきれいな月や、夕焼けを見たとき、心から、生きていることに感謝したい気持ちになります。
もし高価な時計や宝石、車や家などを手に入れたとしたら、「 頑張ってきて良かった 」と思うかもしれませんが、生きてて良かったとまでは思わないでしょう。

雄大な自然を肌で感じたとき、生きていることへの感謝の気持ちが生まれるものです。
こういうことが、心が豊かになる瞬間だと思います。

それにしても、必要以上にお金を追いかけている人に、心豊かな人が少ないのはなぜでしょうか。
もしかしたら、財布の豊さと心の豊さは、反比例するものかもしれませんね。
posted by 光凛 at 03:06| Comment(0) | 日記

2010年07月25日

長男だと思ってみれば

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子供は本当に親をよく観察しているものだと思います。物心ついてからはもちろんのこと、ほんの赤ん坊だったとしてもそれは同じで、親がそわそわしているだけで、眠りませんし、ましてイライラなどしていれば、ぐずり始めるものです。

駅やスーパーなどで、欲しい物を買って欲しくて、ヒステリックに泣いている幼児を目にすることがあります。そういう場合私は、つい反射的に母親を見てしまうのですが、ほとんどの場合、おっかない形相で、死んでも買ってあげるもんか、という顔をしています。
しかし、幼児というものは、まったく気ままなものですから、今欲しい物でも五分後にはいらなくなるし、新たに興味を持てる物が見つかれば、五分どころか一分で気が変わるものなのです。また、幼児ほど、誉めるとすぐその気になってしまう者もいないのです。

その特性をうまく利用しながら育てると、子供は決してヒステリックに泣き叫ぶことはなく、母親が穏やかに時間稼ぎをしている間に、店内に売っているお菓子を勝ってもらうより、犬や電車を見に行きたくなるものだし、怒られるより誉められるほうを選ぶものなのです。
だから、「 あの子は、もうお菓子なんかどうでもよくて、ただ、お母さんの顔か怖くて泣いているのだな 」 と思うことがしばしばあります。

じつはこのことは、多くの男性にも言えることで、妻がイライラしていると自分もイライラしたくなるし、興味の対象はコロコロ変わるし、誉めてもらえば二倍頑張るものなのです。

だから夫が何か欲しがっても、鬼のような形相で反論するより、もっと手頃な、違う何かを提案して時間稼ぎをするのも良いし、「 あなたは偉い。私と違ってむだなお金の使い方をしないから… 」 と、先手を打って誉めてみるのも効果があります。

私はこれまで、数え切れないくらいの女性に、「 ご主人をいっそのこと、長男だと思って下さい。なにも頭に来ませんから… 」 と言ってきました。
そう言うとみんな冗談かと思って笑いますが、これは冗談でもなんでもなく、真理です。

女性は母親のようにいつも大らかでいてください。喧嘩はしてもいいですが、決して自分から 仕掛けてはだめです。子供に喧嘩を仕掛ける母親など、いないものです。

「 僕の妻になってください 」 は、 「 僕のお母さんになってください 」 と同意語だと思って間違いないようです。
posted by 光凛 at 09:13| Comment(0) | 日記

2010年07月24日

最後のプレゼント

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子供の頃から、なぜか私は、蜩 ( ひぐらし ) の鳴き声が本当に好きで、半分本気で、「 私はね、ひぐらしの鳴き声を聞きながらご臨終だったら、どんなにいいかと思うよ 」 などと、みんなに言っていたくらいです。
しかしその計画を、私より先に実行したのは息子でした。

亡骸になって、病院から自宅に運ぶ途中の峠道でも、葬儀場の裏山からも、ひぐらしの カナカナカナという鳴き声が聞こえていたので、それ以来、あれは私への最後のプレゼントとして、たくさん聞かせてくれたんだと思っていました。

息子の一周忌が近くなり、数日前からお花が、少しずつ届き始めていたのですが、その中に、敦子の誕生を祝うお花が一つありました。添えられたカードに、「 息子さんからの、最後のプレゼントでもある、敦子ちゃんがすくすく育ちますように 」 と書いてあり、思わず涙ぐんだのですが、確かにそうかもしれないと思いました。

息子が亡くなった七月は、本来は暗く沈みがちになるはずなのに、敦子の誕生月でもあるので、そうそう沈んでもいられません。そしてそれはこれから一生続くことなのです。

また、私たち家族だけでなく、お線香を上げに来て下さった方も、敦子を見て、何だか明るくなってお帰りになります。

そうか、息子はこういうやり方が好きだったな、と思いました。
「 もう悲しむのはやめにして、敦子の顔でも見て、笑って帰っていって下さいね 」
こんなことを言っているような気がまします。

今日は初めて迎える悲しい命日の日ですが、あどけない敦子に、みんなが救われています。
本当に、最後のプレゼントだったのかもしれません。
posted by 光凛 at 12:59| Comment(0) | 日記

2010年07月23日

要するに、つまり

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「 要するに… 」 とか、 「 つまり… 」 という言葉を頻繁に使う人と一緒にいても、あんまり楽しくはないだろうな、なんて思えてしまいます。
上司や親など、目上の人に言われるならまだしも、対等の立場の同僚や友人、あるいは夫や妻から言われたとしたら、余計に気分は悪いでしょう。

人には人それぞれの考え方、生き方があります。常識だと思っていることだってそれぞれ違うものなのです。
それなのに、他人が語る話しであっても、最後の締めくくりを、どうしても自分流にまとめなくては気が済まない人と、本人が十分説明をしているのに、さらに自分で解説を加えなくては気が済まない人がよく使う言葉が、「 要するに 」と、「 つまり 」のように思います。
また、どちらかがそういう言い方になってくると、言い合いや喧嘩になる確率も各段に増えてくるものです。

要するに、を 「 それって簡単に言うと… 」
つまり、を 「 で、一番言いたいことは そこなんだね 」
という言い方に変えてみませんか?

そうするだけで、絶対に喧嘩になりません。
私が保証します。
posted by 光凛 at 22:12| Comment(0) | 日記

2010年07月22日

こっぱみじん

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潔く生きたいといつも思っています。
とりあえず、思い切って何かを決断することが潔さだと思っているので、決断するまでの時間は、かなり早い方だと思っていますし、余程のことがない限りその決断は変わりません。

しかしこの世の中では、潔くなにかをするということは、考えようによっては上手い生き方とは逆になることが多く、あっちもこっちにもいい顔をするということができないし、また、都合の悪いことは言わないでおくことはずるいことで、嘘をついているのと一緒だと思えてしまう私は、潔く生きるというより、そんな風にしか生きられないのかもしれません。

適当にはぐらかして、当たり障りのない報告だけをして生きることができる人には、理解できないことかもしれませんが、私的には、そんなことをしたりされたりするくらいなら、こっぱみじんに一度関係をぶっ壊して、それから新しく関係を築き上げるやり方をしたくなってしまうのです。

こっぱみじんということは、相手から見ても、私は一旦 「 ゼロ 」 になるということです。しかしごまかしながらやっと続いている関係なら、よけいにお互いをリセットしたほうが良いと思うのです。

それでも壊れない関係が本物だし、それでも失いたくない関係が本物なのだと思います。
posted by 光凛 at 14:59| Comment(0) | 日記

2010年07月21日

ふんぎり

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なかなかふんぎりがつかないってこと、誰にもあるのではないでしょうか。

離婚するとかしないとか、子供を産むとか産まないとか、はたまた社員旅行に参加するとかしないとかを決めかねている人だっているでしょう。

人は誰も、メリットとデメリットを天秤にかけて、明らかにどちらかに傾かない限り、ふんぎりはつけにくいものなのです。またそのメリットも、目先のことを優先するのか、長い目で見ての方を優先するのかでも悩みますし、自分の中では決断できていたとしても、周囲の反対が予想されたり、相手の性格が強固だったりすると、またそのことが気になって、ふんぎりがつかない場合もあります。

ふんぎりというのは、決断と同じ意味の言葉なのですが、なかなかよい答えが見つけられないまま、いつまでも考えていても、ますます身動きがとれなくなってしまうものですが、そういう場合は、一旦それに関わる一切のことを頭から外してみましょう。

そのときに、気持ちがすっと楽になったとしたら、その問題の結論は今出すべきではないし、楽にならなかったとしたら、今が決断のときなのかもしれません。

なぜなら、考えることをやめたら楽になったということは、それが答えだからです。

いつの間にか、問題の論点がどこかにいってしまい、その問題について考えることの方が憂鬱で、それが悩みになっていることって、意外に多いものです。
posted by 光凛 at 08:34| Comment(0) | 日記

2010年07月20日

暑い一日

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猛暑が続いています。

今日、用事があって区役所に行ったら。庁舎の前の噴水で、子どもたちが水浴びをしていました。
お母さんたちも、足だけ水に入れてバタバタしています。
私もしたかったのですが、子供の付き添いでもないので我慢しておきました。

ダイエットだと思い、炎天下の中を自転車をこいで区役所に行ったのですが、帰りに二回も水分やアイスクリームを補給したので、ダイエットの効果はなく、首が日に焼けてヒリヒリしただけでした。

家に帰ったら、敦子が自分で横向になって寝ていました。
娘は当たり前のように思っていたのですが、生後一週間の子がひとりで横向きになるなんて、私はびっくりしたのですが、今はみんなそうなのでしょうか?

それに昔の赤ちゃんは、みんなしっかり手を握っていたものですが、最近の赤ちゃんはみんな緩く開いています。

地球温暖化で、暑い夏を乗り切れるよう、赤ちゃんもだんだん進化しているのでしょうか。

そんなことをぼんやり考えててしまうほど、今日は暑い一日でした。
posted by 光凛 at 21:54| Comment(0) | 日記
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